定常電流の性質
磁場の研究は、電流に基づいて定式化する必要がある。ここでは、その準備として定常電流の理論をまとめることとする。
このアプローチをとる理由は、静電場の場合に電荷が直接影響を受ける電場の研究が可能であったのに対し、静磁場においては磁荷に対応するものが存在しないためである。この点に関しては、磁場の定式化を済ませた後に改めて振り返ることにする。
定常電流の定義
定常電流とは、電子の流れによってつくられる電流が時間変化しない場合のことを指す。このとき、電子は動いているのだが定常的に存在する電流とみなすことができる。時間変化する電流を考えるときは、非定常電流として区別して取り扱う。本節ではあくまで磁場の記述のために必要な定常電流の理論を整理するものであり、磁場そのものはまだ取り扱わない。定常電流では時間的な変化がないが、これまで扱ってきた静電場とはやや異なることに注意されたい。
以前の記事で紹介したコンデンサの両極を接続すると、一瞬だけ放電するものの安定して電流を取り出すことはできなかった。
しかし1796年頃に、A. Voltaが発明した電池により、安定な電流を取り出すことができるようになった。この発明により、定常電流の理解が進み、のちに磁場の研究へと繋がり電磁気学が大きく発展したことはすでに前回の記事で述べた通りである。
電子の流れによって作り出される電流の単位は、MKSA有理単位系においてはA(アンペア)として基本単位として用意されている。
すでに説明した通り、電荷の単位Cは電流の単位Aを通して定義される量である。
\begin{align}
1\ \mathrm{A} =: 1\ \mathrm{C/s}.
\end{align}
ここで、単位面積の断面を通過する電流の強さを電流密度$\bm{i}(\bm{x},t)$と定義する。この電流密度の空間分布が時間に依存しないとき、すなわち$\bm{i}(\bm{x},t)=\bm{i}(\bm{x})$のとき、この電流を定常電流という。
定常電流の保存則
実験結果によると、次の定常電流の保存則が成立することが分かっている。
定常電流$\bm{i}(\bm{x})$が通過する領域$V$を考える。このとき、この領域の境界を$\partial V$とすれば以下が成立する。
\begin{align}
\int_{\partial V}\bm{i}(\bm{x})\cdot \bm{n}_1(\bm{x})\,\dd S=0.
\end{align}
これはつまり、領域$V$に入ってくる電流の量と、出ていく電流の量が等しいことを意味している。
また、ここでGaussの定理を適用して体積積分に変換すると、
\begin{align}
\int_{\partial V}\bm{i}(\bm{x})\cdot \bm{n}_1(\bm{x})\,\dd S=\int_V \divergence \bm{i}(\bm{x})\,\dd^3x=0
\end{align}
を得る。ここで、領域$V$は任意にとれるから、各点$\bm{x}$において以下が成立する。
\begin{align}
\divergence \bm{i}(\bm{x})=0.\label{eq: stat_current_law1}
\end{align}
Ohmの法則
G. Ohm(オーム)は、導体上の2点間の電位差と、そこに流れる電流の関係を実験によって導出した。
導線上の電位差を$\phi_1-\phi_2>0$とする。このとき、2点間に流れる電流の強さ$I$は次ような関係がある。
\begin{align}
I=\frac{\phi_1-\phi_2}{R}\label{eq: def_Ohm_law}
\end{align}
ここで、$R>0$は定数であり、電気抵抗と呼ぶ。
また、この電気抵抗$R$は
導線の長さ$\ell$、断面積$S$とすると電気抵抗$R$は次にように表せる。
\begin{align}
R=\rho \frac{\ell}{S}.
\end{align}
ただし、$\rho>0$は定数であり、電気抵抗率と呼ぶ。
また、
\begin{align}
\sigma:= \frac{1}{\rho}
\end{align}
によって定める$\sigma$は電気伝導率と呼ぶ。
このOhmの法則をまた微分形に変えて、近接作用の表現を考える。
そのために、長さ$\Delta x$、断面積$\Delta S$の微小円柱型導線を考える。このとき、Ohmの法則より、
\begin{align}
I=-\left|\frac{(\phi+\Delta \phi)-\phi}{\Delta R}\right|=-\frac{\Delta \phi}{R}
\end{align}
となる。ただし、いまは電流の向きにも注意したいので、$\Delta \phi>0$として電位が大きくなる向きを正とした場合に電流は負になる。
一方で、
\begin{align}
R= \frac{1}{\sigma}\frac{\Delta x}{\Delta S}
\end{align}
と書けるため、
\begin{align}
I=i\Delta S=-\Delta \phi\frac{\sigma\Delta S}{\Delta x}
\end{align}
である。よって、
\begin{align}
i=-\sigma \frac{\Delta \phi}{\Delta x}
\end{align}
を得る。これはすなわち、
\begin{align}
\bm{i}(\bm{x})=-\sigma\,\grad\phi(\bm{x})
\end{align}
を意味する。
$\phi(\bm{x})$:温度分布、$\bm{i}(\bm{x})$:熱の流れ密度、$\sigma$:熱伝導率、の対応によって熱伝導の法則と等価である。すなわち、Ohmの法則は熱伝導の法則ならぬ電気伝導の法則である。
また、電位、すなわち静電ポテンシャル$\phi(\bm{x})$は静電場に対して次の関係があった。
\begin{align}
\bm{E}(\bm{x})=-\grad\phi(\bm{x}).
\end{align}
最初に注意を述べたように、いまは定常電流を扱っており電子が動いているので静電場とはみなせない。
少しだけ先取りすると、時間変動する場合には、
\begin{align}
\rot\bm{E}(\bm{x},t)-\del{\bm{B}(\bm{x},t)}{t}=\bm{0}
\end{align}
が成立するのであった。今回は“定常”の場合を考えているため$\del{\bm{B}(\bm{x},t)}{t}=\bm{0}$である。そのため、形式的には、静電場のときと同様に
\begin{align}
\rot\bm{E}=\bm{0}\label{eq: stat_current_law2}
\end{align}
となるから同じ議論によりStokesの定理を経由してポテンシャル$\phi(\bm{x})$を導入できる:$\bm{E}(\bm{x})=-\grad\phi(\bm{x})$。ただし、静電ポテンシャルの場合は導体内では電場が存在せず$\phi(\bm{x})$はいたるところで一定であった。しかし、いまは導体であるが導線上では電位差があり、明らかに一定ではない。逆に言えば常に電位差が存在するからこそ、電流が流れ続けるのである。この意味で、もはや$\phi(\bm{x})$は静電ポテンシャルとは呼べないので、電位と呼ぶ。
これを用いると、微分形のOhmの法則が得られる。
\begin{align}
\bm{i}(\bm{x})=\sigma\bm{E}(\bm{x}).\label{eq: stat_current_law0}
\end{align}
Ohmの法則の電子論的考察
静電場のときに導体を考えた際には、電荷が導体表面に集まること分かった。導体内部では自由電子が動くために静電場であるという定義から、導体内部の電場はゼロにならなければいけないからであった。一方で、いま考えている定常電流では、Ohmの法則で示す通り電流の流れやすさを決める電気抵抗が導線の断面積に反比例する。すなわち、導線の表面を自由電子が動くのではなく、導線内部を動いていると考えるのが自然である。これは、電流の流れやすさが断面積$S$に比例することを意味しているからである。導線の表面しか動けないのなら断面積ではなく側面を表す半径$r$に比例するはずである。
電子の運動方程式として、以下の形を考える:
\begin{align}
m\dif{\bm{v}}{t}=e\bm{E}-\frac{m}{\tau}\bm{v}.
\end{align}
ここで、まず電子の質量は$m$、電荷は$e$である。導線内の電場$\bm{E}$によって$e\bm{E}$のCoulomb力がはたらく。一方で、導線内で移動することで原子と衝突し、速さ$\bm{v}$に比例する抵抗力が働くはずである。
この抵抗力による速度変化は、$\dif{\bm{v}}{t}=-\frac{\bm{v}}{\tau}$と表現できる。この$\tau$を緩和時間という。
これが定常状態になると、両辺がゼロになるから、
\begin{align}
\bm{v}=\left(\frac{e\tau}{m}\right)\bm{E}
\end{align}
で運動を続けることになる。
ここで、導線中の単位体積あたりの自由電子数を$N_\mathrm{e}$とすると、単位時間あたりに単位面積を通過する電荷量は電流密度のことであるから、
\begin{align}
\bm{i}=N_\mathrm{e} e\bm{v}=\frac{N_\mathrm{e} e^2\tau}{m}\bm{E}=:\sigma \bm{E}
\end{align}
と書ける。
最後の関係から、電気伝導率$\sigma$は自由電子の数$N_\mathrm{e}$に比例することが分かる。そのため、前節で得られたように電気抵抗が導線の断面積に反比例していたと理解できる。
また、具体例として導体である銀の電気伝導率は$10^8$ $\Omega^{-1}\mathrm{m}^{-1}$ほどであるのに対し、絶縁体のコハクでは$10^{-14}$ $\Omega^{-1}\mathrm{m}^{-1}$ほどであり、両者は$10^{22}$も異なることになる。これらの違いは、自由電子の数に由来しており、アボガドロ定数が反映されているためにこれほどの大きな差が生じるのである。
Jouleの法則
2点間$P\to Q$で電荷$e$を運ぶ際の仕事は、$\phi(Q)>\phi(P)$として、
\begin{align}
W=e\left[\phi(Q)-\phi(P)\right]=:e\Delta \phi
\end{align}
と書ける。これをもとに電流が流れたときの仕事を考える。
電流が$I$であれば、それは単位時間あたりに$I$だけの電荷を運ぶことを意味する。すなわち、このときの仕事は、
\begin{align}
W=I\Delta \phi
\end{align}
と表せる。一方で、式\eqref{eq: def_Ohm_law}のOhmの法則より、$RI=\Delta \phi$であるから以下が成立する。
\begin{align}
W=RI^2=\frac{(\Delta \phi)^2}{R}.
\end{align}
これは電流が流れた際に、これだけの仕事が導線の2点間にジュール熱として発生することを示している。
Ohmの法則と同様に、これはまだ遠隔作用的表現である。微小な導線を考えて、再び長さ$\Delta x$、断面$\Delta S$とする。このとき、電流の向きに注意すると電位の上昇とは逆に流れるため、
\begin{align}
W=w\Delta S\Delta x=-i \Delta S\Delta\phi
\end{align}
である。定常電流の場合は、$E=-\Delta\phi/\Delta x$としてよいので、$w=iE$を得る。ベクトル形式にすれば、次の微分形のJouleの法則が得られたことになる。
\begin{align}
w(\bm{x})=\bm{i}(\bm{x})\cdot\bm{E}(\bm{x}).
\end{align}
起電力がある場合のOhmの法則
閉じた導線回路$C$を考える。このとき、Ohmの法則から電場の1周線積分から電流の1周線積分もゼロになってしまう。
\begin{align}
0=\oint_C \grad\phi(\bm{x})\cdot\bm{x}=-\oint_C\bm{E}\cdot\dd\bm{x}=-\oint_C \frac{1}{\sigma}\bm{i}(\bm{x})\cdot\bm{x}.\label{eq: ohm_ex_oint}
\end{align}
これでは、閉回路では常に電流が流れないことになってしまう。それはある意味で正しい。通常の導線を繋げただけで勝手に電流が生じることはない。
閉回路で電流がある場合には、電池などによる起電力がどこかに存在するはずである。そして、その起電力を生じている部分に関しては、上の考察から$\bm{E}=-\grad\phi$では表せない電場$\bm{E}^\mathrm{ex}$が存在するはずである。つまり、
\begin{align}
\bm{i}(\bm{x})=\sigma\left[\bm{E}(\bm{x})+\bm{E}^\mathrm{ex}(\bm{x})\right]\label{eq: Ohm_law_electromotive}
\end{align}
と修正される。
よって、式\eqref{eq: ohm_ex_oint}は次のように修正される。
\begin{align}
\oint_C \frac{1}{\sigma}\bm{i}(\bm{x})\cdot\dd\bm{x}&=-\oint_C \grad\phi(\bm{x})\cdot\dd\bm{x}+\oint_C \bm{E}^\mathrm{ex}(\bm{x})\cdot\dd\bm{x}\nonumber\\
&=\oint_C \bm{E}^\mathrm{ex}(\bm{x})\cdot\dd\bm{x}=:\phi^\mathrm{ex}.
\end{align}
ここで定義された$\phi^\mathrm{ex}$を起電力といい、単位は電位と同じくVである。
定常電流の基本法則
これまで得られた定常電流の基本法則は次の通りである。
式\eqref{eq: stat_current_law0}、式\eqref{eq: stat_current_law1}、式\eqref{eq: stat_current_law2}より、
\begin{align}
\bm{i}(\bm{x})&=\sigma\bm{E}(\bm{x}),\\
\divergence\bm{i}(\bm{x})&=0,\\
\rot\bm{E}(\bm{x})&=\bm{0}.
\end{align}
一方で、これは電荷分布$\rho_\mathrm{e}(\bm{x})=0$のときの静電場の基本法則:
\begin{align}
\bm{D}(\bm{x})&=\varepsilon\bm{E}(\bm{x}),\\
\divergence\bm{D}(\bm{x})&=0,\\
\rot\bm{E}(\bm{x})&=\bm{0}.
\end{align}
と非常によく似ている。
ただし、電場$\bm{E}$については、静電場と、定常電流の場合の導線中の電場は異なるのだった。とはいえ、これら2つの方程式系を考えると、
\begin{align}
\divergence\bm{E}(\bm{x})=0,\\\qquad\rot\bm{E}(\bm{x})=\bm{0}
\end{align}
は共通している。すなわち、同じ境界条件を課せば、本質は異なるものの全く同一の分布となる。この意味で、静電場$\bm{E}(\bm{x})$と電流密度$\bm{i}(\bm{x})$が関係づけられる: $\bm{i}(\bm{x})=\sigma\bm{E}(\bm{x})$。したがって、静電場解析の手法として、電流密度の分布を測定するという電解槽法というものがある。
静電容量と電気抵抗の関係
コンデンサにおいて、静電容量$C$と電気抵抗$R$の関係について考察する。
コンデンサの片側の極に着目すると、外側表面のみに電場が存在する。ここで、この極の外側と内側を通る曲面$S$を考えてGaussの法則を適用すると、以下が成立する。
\begin{align}
Q= \varepsilon \int_S \bm{E}\cdot\bm{n}\,\dd S=\frac{\varepsilon}{\sigma}\int_S \bm{i}\cdot\bm{n}\,\dd S=\frac{\varepsilon}{\sigma}I.
\end{align}
ここで、2つ目の等号ではある思考実験を行っている。最初はコンデンサの極板間には誘電率$\varepsilon$の誘電体で満たされていると仮定したため、電場$\bm{E}$が生じている。その誘電体を取り除き、導体に入れ替えれば電気伝導率$\sigma$で電流$\bm{i}$が流れはじめる。この入れ替えの過程では、コンデンサの極板間電位差$\Delta\phi$は保つとすると、Ohmの法則より上式が成立する。
つまり、
\begin{align}
C=\frac{Q}{\Delta \phi}=\frac{\varepsilon}{\sigma}\frac{I}{\Delta \phi}=\frac{\varepsilon}{\sigma}\frac{1}{R}
\end{align}
が成立するから、
\begin{align}
CR=\frac{\varepsilon}{\sigma}
\end{align}
の関係が得られる。
次は定常電流がつくる磁場へ
本記事では、定常電流の基本的な性質をオムニバス形式でまとめた。これは、次に定常電流がつくる磁場について議論したいからである。次の記事では、いよいよ静磁場について議論を始める。
コメント